当時の生写真追加★シンガポールのローカルトランスジェンダーはどこに行ったのか?【ポンコシと学ぶ世界のニューハーフのお話】

こんばんは。

 

 

 

華金ですね。

 

 

ポンコシは先ほど仕事を終えたので今夜は鶯谷を少し離れて飲みに行ってこようと思います。

 

 

 

実は最近、仕事が忙しくて作業効率を上げるために禁酒しようかと思ってたんですが、まあ禁酒するほどでもなさそうなので自分なりにルールを決めました。

 

 

 

ポンコシがソイギンタで飲む時って、焼酎にしてもバーボンにしても、割ものセットを頼むんですが、このセットの氷がなくなった時点で飲むのをやめることにしました。

 

 

試しに測ってみたら、だいたい2時間程度飲んでると無くなるようなので、23時頃に行くと1時すぎに帰宅できて2時前に就寝できる感じです。

 

 

これだと、全く次の日に酒も残らないので、次の日も9時10時からPCに向かえて作業効率も落ちません。

 

 

 

以前の飲み方だと、5時6時まで飲んでたので、次の日は二日酔いも重なって18時まで死亡w

 

 

もちろん18時以降の作業効率も10%くらいになりますww

 

 

 

2017年後半から徐々に忙しくなってきて、ブログの更新も減るようになったんですが

 

2018年に入ってからは更新頻度を上げたいと言ったものの、2月に入ったら、やっぱりブログをやめようかと思い始めてました。www

 

 

 

これではいかんと思ったポンコシ、何かを変えなければこの流れは変わらない、との考えに至ります。

 

 

しかし

 

 

仕事を減らすわけにもいかず、人を雇うほどの余裕があるわけでもなく、24時間を36時間に出来るわけもなく。w

 

 

無駄な時間を省くしか方法は無いかな、と思い、日々の生活の中で何が無駄かを考えた結果。

 

 

被害を被ったのはアルコール、と言う結論になりましたw

 

 

二日酔いともしばらくはサヨウナラ。w

 

 

 

アホみたいに飲んでアホみたいに酔っ払って次の日死んでるってのはそんなに嫌いじゃなかったんですけどね。

 

 

 

いたしかたない事です。

 

 

人間がひとりで背負える物事の量は限られています。

 

 

余裕が無くなったら何かを取捨選択するかありません。

 

 

 

まあ、まったく飲まなくなるわけではないので。

 

 

落ち着いたらまたハメを外しにどこかに行こうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

さて、本題です

 

 

「シンガポールのローカルトランスジェンダーはどこに行ったのか?」

 

 

 

今回から、「ポンコシと学ぶ世界のニューハーフのお話」と言う、限りなく需要が少なそうなシリーズを始めてみようと思います。w

 

 

 

今やポンコシのトランスジェンダーに対する感情は、性的対象をはるかに超えたものとなってしまいました。

 

 

彼女たちと交流を持つたびに膨らんできた知的探究心は、風俗に対する欲求どころではありません。w

 

 

 

と言うわけで、興味のある人だけで釜いませんので、ポンコシの趣味嗜好にお付き合いくださいw

 

 

 

 

 

 

先日、仕事の合間にいつものように世界のトランスジェンダー(おかま・ニューハーフ)情報を調べていたんですが

 

 

その過程で、興味深いシンガポールと近隣諸国新ニューハーフ情報にたどり着きました。

 

 

 

その中の一つに、シンガポールのニューハーフの歴史を細かく綴っていた文献があったので、興味深くなって読みふけってみました。

 

 

 

 

 

その文献によると、

 

 

 

1950年代より、シンガポールの今で言うリトルインディア近くの、Bugis Streetと言うストリートでローカル(地元の)トランスジェンダーたちの活動が活発になり

 

Bugis Streetのキャバレーやバー等にシンガポールのローカルトランスジェンダーたちが毎晩集まり、サブカルチャー的な文化を作っていったそうです。(のちにBugis Streetは映画の舞台にもなる)

 

 

Bugis Streetのキャバレーでダンスするトランスジェンダー

 

 

しばらくするとBugis Streetは有名になり、仕事でシンガポールに来ていた白人たちがこのストリートに来る様になります。

 

 

同様にBugis Streetのキャバレーで乳を出すトランスジェンダー

 

 

そして、この頃から白人相手に商売をするトランスジェンダー娼婦たちが増え始めたと思われます。

 

 

2/17追記:実際にBugis Streetに行かれたtetuyaさん(ツイッターの釜友さんw)から当時の写真をお借りしたので掲載します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、時を同じくしてBugis Streetからほど近いところにあるJohore Roadと言うストリートでは、

 

Bugis Streetが全盛期の1960, 70年代、地元のシンガポール人を相手に売春をするトランスジェンダーが大量に現れたそう。

 

 

しかし、1980年代に入ると

 

周辺地区の再開発により、ショップやショッピングモール、レストランやバーなどを新たに建設し、Bugis Streetをクリーンなイメージに塗りかえようとしたシンガポール政府。

 

 

現在のBugis Village

 

 

さらに、MRT(地下鉄)Bugis駅の地下工事により、夜な夜なBugis Street周辺でセックスワークをしていたローカルトランジェンダーたちの居場所は失われることになります。

 

 

MRT Bugis駅は、あのRowellロードのほど近く

 

 

 

そしてそこに追い討ちをかける様に1990年代、Johore Roadで大規模火災が発生。

 

これが原因で、跡地には公園が建設されて、Johore Roadは地図上から完全に消滅してしまいます。

 

 

 

現在のMRT Bugis駅周辺の地図(赤いのがJohore Road)

 

 

Johore Road跡地に作られた公園

 

 

 

こうして、1950年代に始まったシンガポールのローカルトランジェンダーたちによる文化活動や売春活動は幕を閉じることになりました。

 

 

しかし、活動場所が無くなったからといって、トランスジェンダーそのものが消えるわけではありません。

 

Bugis StreetにJohore Roadと、居場所を失ったトランスジェンダー娼婦たちは活動の場所をBugis周辺から北東に位置するDeskerとRowellと言う二つのストリートに移します。

 

 

ポンコシがRowellの釜置屋に行ったレポートを書いたのは記憶に新しいかと思います。

【海外風俗】シンガポールの風俗・ローウェルのおかま置屋 〜 多国籍のおかま(NH/LB)と格安で射精し合える超アングラ風俗
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シンガポールのゲイラン地区の近くにある、おかまのみが在籍する置屋ストリート(ローウェル)での遊び方、値段、アクセス等を紹介します。 シンガ

 

 

これらの通りで活動を再開したニューハーフたちは、当初通りに立って客を引いていました。

 

 

2000年代後半のDeskerとRowellのローカルトランスジェンダー娼婦たち

 

 

しかし、こう言った客引き活動も警察に目をつけられるのは時間の問題。

 

程なくして彼女らが通りに立って写真のように営業することは出来なくなりました。

 

 

そして、現在ではDeskerとRowellにおいても、ローカルトランスジェンダーの娼婦の姿を見ることはほぼ無くなったそうです。

 

 

さらに、昨年末には、Desker&Rowellの置屋にも警察の摘発が入りました。(壊滅はしてません)

 

 

 

 

ちなみに、ポンコシのツイッターのバックグラウンド写真がDeskerの置屋小道👇

 

 

 

 


写真に加工も何も施さずにこの雰囲気は最高ですw

 

 

 

 

 

と言う、シンガポールのトランスジェンダーストーリーでした。

 

 

 

そもそもポンコシは、シンガポールにローカルのトランスジェンダーがいるとは思っていなかったので、この文献を読んだときは結構衝撃でしたw

 

(これまでシンガポールで出会ったニューハーフはすべて海外から出稼ぎに来ていた子たちだったので)

 

 

こうやって歴史を振り返ってみると、非常に興味深いです。(ポンコシ的はw)

 

1970年代、トランスカルチャー全盛期に大量にいたシンガポールローカルのトランスジェンダーたちは今、50代60代の高齢。

 

シンガポールの売春と言えば、欠かすことの出来ないオーチャードタワーでも、ローカルのニューハーフ娼婦は見たことがありません。

 

 

では、現代を若くして生きているシンガポールのニューハーフはどこにいるのでしょうか?

 

 

そもそも、Bugisの衰退からシンガポールのニューハーフ人口が下降線となっているのか。

 

もしくは、現代のシンガポールのニューハーフは一般の社会生活に溶け込み、性産業に従事することなくひっそりと暮らしているのか。

 

 

 

好奇心と探求心を駆り立てられ、さらに調べてみると

 

 

 

なにやら興味深い2つの地名と数枚の写真が浮上してきました。

 

 

 

 

 

 

が、これに関しては情報の真偽が定かではなく決定的でないので、ポンコシの目で確認してこようと思います。

 

 

 

と言うわけで、3月になにがなんでも再びシンガポールに行ってきます。w

 

 

 

 

 

フライハイ・釜愛。

 

 

 

 

 

 

 

 

12 comments to this article

  1. サダ

    2018/2/16@8:59 PM - 返信

    素晴らしいです!
    その行動力と探究心!
    もっと違うことなら世界を救えたかも‼
    でも釜愛にってところがちょうどいい‼

    • ポンコシ

      2018/2/17@6:57 PM - 返信

      世界を救えそうですかねw
      ありがとうございますww

      釜愛に丁度良いってのは面白いですw

  2. にゃも

    2018/2/16@10:28 PM - 返信

    夜な夜な釜情報を見てるとは
    思いましたがまさか歴史までとは!
    ポンさんがわかりやすく
    書いてくれるので
    読みやすく勉強になります

    • ポンコシ

      2018/2/17@6:49 PM - 返信

      歴史も見てみるとそれはそれで楽しいですね〜。
      タイや韓国はもちろんの事、北米南米あたりの歴史も知りたくなってきました。
      末期症状ですねww

      飲み行く前に急いで書いたので雑な文章になっちゃいました。
      今度はもっと綺麗に書こうと思いますw

  3. たかろん

    2018/2/16@11:34 PM - 返信

    ポンコシさんの釜愛がすごい! 俺はまだまだどっちつかずですが、個人的に可愛いよりも綺麗な方が好きなのでタイでは、結果的にLB寄りになってしまってますw シンガポールも計画しないとなりませんね!うふ( ❛⃘ᵕ ❛⃘

    • ポンコシ

      2018/2/17@6:45 PM - 返信

      釜愛がすごい!ってww
      可愛いよりも綺麗な方がお好みなら、個人的な意見ではありますが、韓国のニューハーフがヤバい気がしますw
      シンガポールはまだまだ開拓の余地がある気がしてきましたね。

  4. バッカス

    2018/2/19@3:14 PM - 返信

    ここまでくると、ポンコシさんも釜民俗学者ですね!

    • ポンコシ

      2018/2/20@12:34 AM - 返信

      そのうち論文書いて書籍化を狙います!ww

  5. しんのすけ

    2018/2/19@11:59 PM - 返信

    ポンコシさん、
    私もポンコシさんを見習ってグデグデになるまで飲むのはやめないと^_^;;

    ポンコシさんの釜愛には頭が下がります
    博士論文書けそうですねw

    • ポンコシ

      2018/2/20@12:20 AM - 返信

      しんのすけさんもベロベロ泥酔オヤジなんですかw
      ポンコシは着々と酒量が減ってつまらない大人になっていってますww

      論文は2年後に書籍化の形で書かせてもらう予定です。

  6. かー

    2018/2/20@1:42 PM - 返信

    もしや◯◯ビレッジ??

    • ポンコシ

      2018/2/20@1:49 PM - 返信

      まるまる名前出してますやんw

      そして当てに来ようとする人多すぎですww

      心当たりが有って答え合わせしたい人はお問い合わせかツイッターDMで連絡してください!m(_ _)m

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